2016年10月31日月曜日

笠原敏雄著「幸福否定の構造」による幸福否定の意義

このブログでは一般解説本である笠原敏雄著「幸せを拒む病」(フォレスト出版)の学習をしていますが、その親本ともいうべき笠原敏雄著「幸福否定の構造」(kindle版)を読んでみました。

幸福否定理論は自分が想像する以上にはるかに壮大なスケールであることに気が付きました。

また「幸せを拒む病」では知りたいと思ったことで書かれていない事柄が多く、自分の学習欲が満たされる面も多くあります。

そこで、笠原敏雄著「幸福否定の構造」(kindle版)を読んで気が付いたことのメモをいくつか記事にすることにします。

この記事では幸福否定の意義についてメモします。

笠原敏雄著「幸福否定の構造」(kindle版)の最終章で人類史、あるいは生物進化史の中での幸福否定の意義について書かれていますので、引用します。

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人間 の 本心 は、 生命体 を 絶えず 進歩 さ せよ う と する 駆動 力 と 密接 に 関係 し て いる はず で ある。

 人間 の 一生 の 中 で 起こる さまざま な 好事 や 悪事 には、 本心 と、 それ を 否定 しよ う と する、 本能的 とも 言う べき強力 な 意志( 幸福 の 否定) の 双方 が、 いつも 深く かかわっ て いる。 

その こと から すれ ば、 内心 に 潜む 意志 は、 何らかの 形 で 本心 と協同 し て、 心 の 進化 を 進める うえ で、 積極的 な 役割 を 演じ て いる ので あろ う。   

人間 の 進歩 に 内心 が 積極的 役割 を 演じ て いる と する 推定 は、 内心 によって 心因 性 の 症状 や 異常 行動 が 発生 する こと からも(間接的 な 形 では ある が) 裏づけ られる。

 表面 的 に 見る 限り、 症状 や 異常 行動 は 悪い もの で ある が、 それ が、 自分 を 高めよ う と する 契機 に なる と すれ ば、 結果的 には 前向き に なる うえ で 役立つ からで ある。

 内心が、 単に 本心 の 否定 に 留まる もの で ある と すれ ば、 内心 にとって、 前向き に なる のに 役立つ こと は 失敗 と なる が、 もし 本心 と 協同 し て 働く という 役割 を 密か に 持っ て いる と すれ ば、 それ は まさに 予定 通り の もの で ある こと に なる。  

 もし 内心 が 積極的 な 役割 を 担っ て いる と すれ ば、 個人 は、 その 誕生 に際して、 その 一生 の 中 で、 本心 の 中 から 引き出し たい と 願う( あるいは、 その つもり で いる) 能力 や 徳性 を 最も 効果的 に 引き出す ため の 手段 として 内心 を 活用 する のでは ない か、 という 推定 が 可能 に なる。

 現実 の 生活 を 見る と、 自分 の 意識 に 受け入れ られ ない ほど 大きな 幸福 に 直面 する たび に、 内心 が その 否定 を して、 矯正 す べき 症状 や 行動 を 作りあげ て いる。 

それ に 直面 し た 意識 が、 そうした問題 点 に 速やか に 懲りれ ば、 目的 が 簡単 に 達成 できる こと に なる が、 実際 には そう では ない。 

意識 の 上 で 懲り ても、 内心 では 容易 に 懲り ない よう に なっ て いる からで ある( 笠原、 一 九九 七年)。 

その せめぎ 合は、 近視眼的 に 見れ ば、 内心 の 勝ち と なる。 

しかしながら、 人間 の 歴史 と 同じく、 きわめて 長い 目 で 見れ ば、 結局 は 本心 が いつも“ 辛勝” を 収め て いる こと が わかる。 

そして、 それ が、 能力 と 徳性 の 漸進 的 開花 につながる ので ある。

(中略)

また、 もし 完璧 な 能力 や 徳性 が 人間 に 内在 し て いる ので あれ ば、 それ を 直接 に 発揮 しよ う と せ ず、 内心 という 複雑 な 仕組み を 作りあげる まで し て、 天文学 的 な 時間 を かけ て、 きわめて わずか ずつ 生物 に、 最終 的 には 人間 に それ を 行なわ行なわ せる のは、 なぜ なので あろ う か。 

その よう な 究極 的 疑問 を 含め、 真 の 意味 で 人間 を 理解 する ため には、 反応 や その 裏 に ある 抵抗 の 本質 を 解明 する こと が、 必要 不可欠 の 課題 と なる。 

そして、 その 糸口は、 われわれ の 身近 に 絶えず 存在 する ので ある。

笠原敏雄著「幸福否定の構造」(kindle版)より引用
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私なりに要約すると次のようになります。



幸福否定は心の進化の中で、人の能力と徳性を漸進的に開花させるために積極的な役割を果たしている。

それは結局は本心がいつも“ 辛勝” を 収め て いる ことからもわかる。

なぜ完璧な能力や徳性の直接発揮をしようとしないのかはわからない。



結局は、進化において役割を果たしている(意味のある)ブレーキであるが、なぜそのようなブレーキを必要とするのかは不明であるということになります。

さて、私は2016.10.10記事「幸福否定が存在しない状況」を考えてみる」で、幸福否定の意義について次のように想像しました。

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3 幸福否定の意義

1から、幸福否定という人類に備わっている心の原理は、人々の能力を無制限に発動して社会発展のスピードを高速にしないためのコントロール装置であると考えます。

そして2から、近代現代になり社会発展のスピードが増したので、幸福否定の原理が発動して、多くの人の能力を抑制する方向で働いていると考えます。

この思考から、幸福否定の意義を次のように考えます。

ア 人類社会の危機に対する高度な防衛装置

常時人類全員が持てる力を100%発揮していると、外部に由来する危機に直面した時、それまで以上の力を発揮できません。社会としての余力がありません。硬直しています。しなやかさがありません。

しかし、幸福否定の原理で人の能力が十分に発揮できない社会では、危機に際して、それまで発揮できなかった力を余力として発揮できるようになる可能性があります。危機に対してし余力を備えておくことができます。しなやかな対応が可能です。

アリ社会では集団の中に働かないアリが一定パーセントいて、アリ数が減るとそれまで働かなかったアリが働きだして、集団の危機を乗り切るそうです。

同じような集団維持原理が幸福否定の原理であると考えます。

戦争になると精神病が少なくなることが、この思考を裏付けると思います。

イ 進化スピード調整装置

もし幸福否定原理がなければ、人類社会は超高速で発展してしまいます。

短時間で人類社会が発展してしまうということは、現在の特定環境に人類が強く適応してしまい、環境変化があった時、後戻りして対応することが不可能になってしまう可能性があるということです。

幸福否定の原理は種の進化スピード調整装置であり、人類のむやみなガラパゴス的進化を予防する装置であると考えます。

2016.10.10記事「幸福否定が存在しない状況」を考えてみる」から引用
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この想像の適格性の程度は別にして、「なぜ完璧な能力や徳性の直接発揮をしようとしないのか」という疑問に対応する解答例にはなると考えます。

風景

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