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2016年9月19日月曜日

もしかしたら 超常現象

ずっと以前に所属したある組織で、次のような状況を観察して不思議に感じたことがあります。

もしかしたら超常現象かもしれないと、当時感じました。

(その当時超常現象という言葉を自分は使っていませんでしたが、その人の心理が機械を操作したと直観したのでした。)

新品パソコンを購入すると、それが壊れることがあるのですが、その確率が通常よりかなり高い人がいるのです。

その人は仕事熱心ですが、心の底ではその組織に忌避感を感じているようでした。

私は、根拠はありませんが、その人の心がパソコンという機械に影響を及ぼしていると直観しました。

その人が無意識的にパソコンを壊すような操作をしているということも否定できません。

しかし見かけ上はその人のパソコン操作に起因しないで、その人のパソコンがよく壊れるのです。

私の主観的な感想ですから、本当にそうであるかどうかわかりません。

私のひねくれた思考であると結論付けても反論はできません。

しかし、その当時はそのような直観を強く持ち、今までその直観を否定するような情報はありません。

笠原敏雄著「幸せを拒む病」(フォレスト出版)に出てくる超常現象事例と、私が観察した事例と、その確からしさのレベルがよく似ていると感じました。

機械の不調というような超常現象は、日常生活でいたるところでいつも発生しているのかもしれません。

あるいは本人の意識できない無意識的操作により機器を異常に至らしめるという超常現象似の非超常現象が世の中に充満しているのかもしれません。





2016年9月17日土曜日

超常現象 感想つづき

笠原敏雄著「幸せを拒む病」(フォレスト出版)に超常現象の記述があり、次の記事で紹介して、その感想を書きました。

2016.09.15記事「超常現象」参照

この記事はその感想つづきです。

「内心の抵抗と超常現象」という小見出しの中で出てくる超常現象の例は次のようなものです。

●テープレコーダー、光磁気ディスク、ICレコーダーの音声に大きな静電音が入る、音量が極端に小さくなる、再生で聞き取れない。

●ICレコーダで録音したはずのものが再生できないで、次にとぶ。

●スカイプ(WEB)で電子音が入る、音量が低下する、音声が途切れる、映像が停止する、接続が切れる。

いずれも、著者とクライアントとのコミュニケーションに伴って起きた現象です。

コミュニケーションの過程で、クライアントの内心が起こした抵抗の一環であると考えられます。

ある状況が整って、その言葉を聞けばクライアントが自身の能力や徳性に目覚めてしまうような時に、内心がそれを妨害して音声機械を操作して聞かせないようにするという現象として理解します。

著者は「このような事例からすると、超常現象は、かなりの規模のものであっても、実は誰でも自在に起こすことができると考えたほうがよさそうです。」とさらりと述べています。


感想

・意識と内心との葛藤が激しくなれば、この現象は一般的に発生すると理解します。

・具体的には、心理療法家が介在するような状況(第3者がサポートして、内心を追い詰めるような状況)で発生する現象であると理解します。

・意識に対する情報遮断の手段として発生する現象であると理解します。

・ある状況が整って、その言葉を聞けば本人自身がその能力や徳性に目覚めてしまうような時に、内心がそれを妨害して音声機械を操作して聞かせないようにするという現象ですから、極めて個人世界の出来事です。

・超常現象として音声機械操作があっても、社会に対する影響はほとんど生じないと考えられます。

・具体的超常現象が社会で白日の下にさらされることは少なく、また興味の対象にはならないと考えます。

・幸福否定の意思が弱まれば、生じない現象であると考えます。

早朝 光る雲






2016年9月15日木曜日

超常現象

このブログでは笠原敏雄著「幸せを拒む病」(フォレスト出版)を学習していますが、超常現象とか念力現象という言葉が自然に出てきています。

超常現象が幸福否定とどのようにかかわるのか、怖いもの見たさみたいな興味を持ちながら、その部分を読んでみました。

「内心の抵抗と超常現象」という小見出しの部分を次に引用します。

……………………………………………………………………

ひとつは、心理療法でのやりとりを、クライアント自身が後で聞き直すために録音していると、肝心な場面で大きな静電音が録音されたり、なぜか音量が極度に小さくなったりして、再生した場合に聞きとれなくなるという現象が頻発することです。

録音媒体は、時代によって異なり、最初は磁気テープでした。

次が光磁気ディスクで、最近はICレコーダに変わっています。

にもかかわらず、同質の雑音が発生するのです。

特にICレコーダでは、さらにふしぎな現象も起こります。

たとえば、録音されていたはずなのに、再生しようとすると別の日の録音にとんでしまうなどの現象です。

最近は、遠方の方がたの心理療法をスカイプ(インターネットを介したビデオ通話)で行なうことも多いのですが、その場合にも、肝心な場面で、多種多様の電子音が入ったり、音量の低下が起こったり、音声が途切れたり、映像が停止したり、場合によっては接続が切れてしまったりするという現象が頻発します。

特定の話題に入ると、その瞬間に起こり始めるので、そのことを事前に説明していなくても、むしろクライアント側がその関係に気づいて、この話の時にはいつも雑音が入るので、このことは重要なのだと思います、などと自分から言い出すこともあるほどです。

ここでは、明らかな念力現象が、しかも多くのクライアントで頻繁に発生しています。

このことは、超常現象としては、きわめて異例なことなのです。

こうした現象は、それほど重要な問題を扱っていることの現われと考えるべきなのでしょう。

その中でも最も興味深いのは、録音しながら行なったセッションで、同じ人物についてやりとりしている時に、眠りと雑音が、交互に繰り返し発生したという事例です。

反応は、互いに排他的に起こるという原則に忠実に従ったわけです。

その事例では、同じ人物について話している時に限って、強い頭痛が起こったり、一瞬のうちに眠ってしまったりを繰り返したのですが、録音テープを再生してみると、強い頭痛が起こっていた時にはテープに大小の静電音が入っており、やりとりが全く聞きとれなくなっていたのに対して、眠っている聞には、静電音は全く入っていなかったのでした(笠原、2000年、第4章)。

このことから、眠りと雑音の発生は、同じ動機から作りあげられたものと考えざるをえなくなります。

このような事例からすると、超常現象は、かなりの規模のものであっても、実は誰でも自在に起こすことができると考えたほうがよさそうです。

……………………………………………………………………

内心(無意識)が意識を妨害し、欺いて、なおかつその妨害や欺きを場合によっては隠れて行うのが幸福否定現象であると理解します。

その幸福否定現象つまり、内心の妨害欺き行為が肉体の範囲を超えて客観的空間にも及ぶ場合があり、その場合を超常現象という言葉で表現できると理解しました。

これと似た体験として、電話で自分あるいは相手が窮地に陥るような会話になった時、電話が切れたり、音声が聞き取りにくくなった経験は何度もあります。

その時自分あるいは相手が無意識的に電話を切ったり、聞き取りにくいように聴覚や発声の制御をしたに違いないとは理解していました。

超常現象は、このような体験、つまり自分あるいは相手が行う肉体操作ではなく、客観的に存在している機械を直接操作するという現象です。

この超常現象の存在は書物(論理的記載)からではなく、体験的に確かめるべき対象であると考えます。